チャイブの種まきが遅すぎた…急に寒くなって発芽ゼロで「また春まで待つ?」と迷った失敗談
「来年に向けて」って言葉に弱い。私は秋の終わり頃、チャイブの種を撒いた。小さな種を指先に乗せると、軽すぎて息で飛びそうで、妙に愛おしくなる。土に落とした瞬間は、「これで春が楽しみだ」とワクワクした。ところが数日、何も起きない。土の表面は変わらず、静かで、私の気持ちだけが先走った。
その頃、急に寒くなった。朝ベランダに出ると空気がピリッとして、鉢の縁が冷たい。日中の日差しはあるのに、夕方になるとすぐ冷え込む。土を触ると、湿っているのに温度がない感じがする。私は「寒さのせいか…」と頭では思うのに、毎日鉢を覗き込んでしまって、何も出ていない現実に小さく落ち込む。
発芽しない時間が長いほど、不安が増える。「深く埋めすぎた?」「水が足りない?」「逆にやりすぎた?」。私は過去の失敗を思い出して、同じところをぐるぐる回った。鉢を持ち上げて重さを確かめたり、表面を指でなぞって硬さを見たり。土の匂いだけがはっきりして、芽の気配がない。自分の作業が空振りだった感じがして、「私、下手だな」と言いたくなる。
それでも、やめきれない。水をやるとき、じょうろの音がやけに大きく感じる。濡れた土の色が濃くなって、「これで動いてくれ」と願う。でも翌朝も変化がない。「出てこねーですわね」と、思わず言葉が砕けた。悔しいというより、肩透かしだ。期待していた分だけ、静けさが刺さる。
結局私は、「また来年の春に蒔くしかないのか」と考え始めた。ここで一気に諦めれば楽なのに、諦めたくない気持ちが残る。鉢を片付ける手が止まって、しばらく眺める。冷たい風が吹くと、土の表面がすぐ乾いたように見えて、また迷う。迷いが増えるほど、行動が細切れになって、どれも決め手がないまま時間だけが過ぎた。
失敗が起きやすかった理由は、「来年の準備」という名目で、種まきのタイミングを自分の気分で決めてしまったことだ。秋の空気が心地よい日に、気持ちよく作業して、そのまま気温の落ち方を甘く見た。私は“今やりたい”を優先して、“今の環境がどう動くか”を想像しきれなかった。
後から振り返って見直すべきだったのは、焦って結果を取りにいかないことだった。発芽って、出るときは突然で、出ないときはただ沈黙が続く。その沈黙に耐えられずに、私はあれこれ触ってしまった。春にやり直すとしても、今回の鉢と自分の気持ちを雑に片付けたくない。秋に撒いて出なかった、という経験の手触りを覚えておく。冷たい鉢の縁に触れた指先の感覚まで。次は同じ静けさに負けないように、私は自分の“早とちり”をちゃんと認めたいと思う。
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